多くのプレイヤーが「体が硬いからもっとストレッチをしなければ」と考えます。しかし実際には、
前屈はよく曲がるのに、ランジは浅く、オーバーヘッドのスイングは窮屈なまま、というケースが少なくありません。
ここには「柔軟性(flexibility)」と「可動性(mobility)」の違いが関わっています。
本記事では、スポーツ科学の文献で用いられる定義をもとに、柔軟性と可動性の違いを整理し、
バドミントンに必要な可動性と、その鍛え方を解説します。
読み終えるころには、「何となくストレッチ」から一歩進んだ、目的のはっきりした準備とトレーニングができるようになることを目指します。
この記事で分かること
- 柔軟性と可動性の科学的な定義の違い
- 柔軟性だけではパフォーマンスが向上しにくい理由
- バドミントンに特に重要な「肩・股関節・足関節」の可動性
- 柔軟性 → 可動性 → 動作へとつなげる考え方
- 明日から実践できる、可動性を高めるエクササイズの例
1. なぜ「柔軟性」と「可動性」を区別して考えるのか
まず強調しておきたいのは、「柔らかい=よく動ける」ではない、という点です。
前屈が床にぺたっとつく選手でも、コート上では動きが重く見えることがあります。
逆に、ストレッチはあまり得意でなくても、試合中の動きは非常にしなやかな選手もいます。
スポーツ科学のレビューでは、柔軟性は主に静的な受動的可動域を、
可動性は筋力や神経制御を含んだ能動的可動域を指すことが多いと整理されています。
つまり、「他人に動かしてもらえばここまで動く」と「自分の筋力で安全にコントロールしながらここまで動ける」は別物だ、ということです。
- 柔軟性:どこまで「伸びる」か
- 可動性:その範囲をどこまで「使える」か
バドミントンは、シャトルへの素早い反応と、狭いコート内での高い加減速を要求される競技です。
したがって、単に関節がよく伸びるだけでなく、
大きな可動域の端まで素早く、かつ安全にコントロールできることがパフォーマンスとケガ予防の両方に重要になります。
2. 柔軟性(flexibility)の定義と限界
一般的なガイドラインでは、柔軟性は「関節または一連の関節が受動的に動くことのできる範囲」と定義されます。
いわゆる前屈や開脚、肩のストレッチなど、多くは外力(自重・他者・道具)を使って可動域を広げるものです。
2-1. 柔軟性のメリット
- 一定レベルの柔軟性は、関節の動く余地を確保し、動作の制限を減らす
- 筋・腱の粘弾性を変化させ、特定の姿勢を取りやすくする
- クールダウンとして行うことで、主観的な疲労の軽減に寄与する可能性がある
2-2. 文献から見た限界と注意点
一方で、多くの研究では、長時間の静的ストレッチをウォームアップ直後に行うと、
垂直跳びやスプリントといった瞬発的なパフォーマンスが一時的に低下することが報告されています。
これは、筋腱ユニットの剛性低下や神経系の興奮性低下が一因と考えられています。
つまり、「たくさん伸ばしたから今日はよく動けるだろう」という期待は、必ずしも科学的には支持されません。
柔軟性の向上自体は無駄ではありませんが、
ウォームアップのタイミングと量を誤ると、むしろ瞬発系のパフォーマンスを損なう可能性があります。
2-3. 柔軟性と可動性の比較(図表)
| 項目 | 柔軟性(Flexibility) | 可動性(Mobility) |
|---|---|---|
| 主な定義 | 受動的に動かせる可動域 | 筋力でコントロールできる可動域 |
| 評価の例 | 他者による関節ROM測定 | 自動運動でのROM+動作の質 |
| 主な要素 | 筋・腱の長さ、粘弾性 | 筋力、神経制御、関節安定性 |
| パフォーマンスとの関係 | 不足は制限要因になり得るが、過度の向上は必ずしも有利でない | 多くの競技で直接的に動作効率と関連 |
3. 可動性(mobility)の定義──コントロールされた可動域
可動性は、「自らの筋力と神経制御によって、安全にコントロールできる可動域」と定義されます。
ここでは、単に関節が動くかどうかだけでなく、「その端の位置で力を出せるか」「素早くブレーキをかけられるか」まで含めて評価します。
3-1. 可動性を決める3つの要素
- ① 筋力:可動域の端で姿勢を保持する力
- ② 神経制御:目的の関節だけを選択的に動かす協調性
- ③ 関節安定性:靭帯・周囲筋の働きによる“ブレにくさ”
いくつかの研究では、こうした可動性トレーニング(アクティブなストレッチやコントロールエクササイズ)が、
単純な柔軟性向上よりも動作の改善や痛みの軽減に結びつきやすいことが示唆されています。
これは、可動性が「動きの質」により直接的に関わる指標であるためです。
4. バドミントン特有の「必要な可動性」
バドミントンでは全身の可動性が求められますが、特に重要になるのは
肩甲帯・股関節・足関節です。ここでは、それぞれがどのような動作に関わるかを整理します。
4-1. 肩甲帯の可動性:オーバーヘッド動作の自由度
- 肩甲骨の上方回旋・後傾・外旋が不十分だと、肩関節だけで無理にバックスイングしがち
- 結果として、インピンジメント様の痛みや、スイング軌道の制限が起きやすい
- 可動性が高いと、肩甲骨と上腕骨が協調して動き、スムーズな振り抜きにつながる
4-2. 股関節の可動性:ランジと切り返しの起点
- 股関節屈曲・外旋・内旋の可動性が、深いランジと安定した姿勢保持に関与
- 可動性が不足すると、膝関節ばかりにストレスが集中し、膝痛のリスクが上がる
- 股関節で十分に沈み込めると、低い姿勢から素早いリカバリーが可能になる
4-3. 足関節の可動性:減速と方向転換の鍵
- 背屈可動域が不足すると、かかとが早く浮き、前へのブレーキが甘くなる
- 結果として、膝の過度な前方移動や内側への崩れ(ニーイン)につながりやすい
- 十分な背屈可動域は、スムーズな減速と安全な方向転換に不可欠
5. 柔軟性 → 可動性 → 動作というフレームワーク
ここまでの内容を、トレーニングの流れとして整理すると、次の3段階にまとめられます。
- 柔軟性:まずは必要最低限の受動的可動域を確保する
- 可動性:その範囲を自分の筋力とコントロールで使えるようにする
- 動作:競技特有の動き(オーバーヘッド、ランジ等)に統合する
多くの選手は、①の柔軟性と③の動作練習に偏り、②の可動性の段階を飛ばしがちです。
その結果、「ストレッチはしているのにフォームが変わらない」「意識してもすぐ元に戻る」という感覚が生じます。
文献でも、単純なストレッチだけでなく、可動域の端での筋力発揮やコントロールを伴うエクササイズが、
動作の改善や痛みの軽減と関連することが報告されています。
したがって、柔軟性トレーニングに可動性トレーニングを組み合わせることが重要です。
6. 明日からできる可動性トレーニング
最後に、特別な器具を使わずに実施できる、基本的な可動性エクササイズを紹介します。
ここでは概要のみ示しますので、実際には動作の質(姿勢・呼吸・スピード)も丁寧に確認してください。
6-1. 肩甲帯:スキャプラサークル
- 四つ這い、または立位で肘を伸ばし、肩甲骨だけを前後左右・円を描くように動かす
- ポイント:胸椎を大きく捻らず、肩甲骨の滑りを意識する
- 目安:毎日1〜2セット、ゆっくり10周程度
6-2. 股関節:90/90ヒップローテーション
- 床に座り、片脚を前方90度、もう片脚を後方90度に曲げる(いわゆる90/90ポジション)
- 骨盤を立てたまま、体幹を前に倒したり、脚を入れ替えたりして股関節を動かす
- ポイント:腰を丸めて代償しない、股関節の回旋感覚を捉える
- 目安:左右それぞれ10回程度
6-3. 足関節:ニー・トゥ・ウォール
- 壁に向かって立ち、つま先と壁の距離を数センチ空けて前足を置く
- かかとを浮かさないようにして、膝が壁に触れるまで前に出す
- ポイント:膝が内側に入らないように注意し、足首の前側のつまり感を観察する
- 目安:片脚10〜15回、ウォームアップの一部として
6-4. 柔軟性ストレッチの位置づけ
- 練習前:短時間の動的ストレッチ+可動性エクササイズを中心に
- 練習後:静的ストレッチで柔軟性をゆっくり確保する
- 週数回:可動性トレーニングを10〜15分程度、集中的に行う
重要なのは、「何となくストレッチする時間」を、
可動性を高めるための意図のある時間に置き換えていくことです。
7. まとめ──「伸びる」から「使える」へ
本記事では、柔軟性と可動性の違いを、スポーツ科学の定義にもとづいて整理しました。
バドミントンのパフォーマンスに直結するのは、単に関節が「どこまで伸びるか」ではなく、
「その範囲をどれだけ速く・正確に・安全に使えるか」です。
7-1. キーメッセージ
- 柔軟性は必要条件だが、それだけでは動きは変わらない
- 可動性は、筋力と神経制御を含めた「使える可動域」である
- 肩甲帯・股関節・足関節の可動性は、バドミントンにおける要となる
- 柔軟性 → 可動性 → 動作という順序でトレーニングを組み立てる
7-2. 明日からの具体的アクション(3つ)
- ウォームアップから「長い静的ストレッチ」を減らし、可動性エクササイズを3種入れる
- 肩・股関節・足首のうち、自分が最も制限を感じる部位を1つ選び、2週間集中的に可動性を高める
- ランジやオーバーヘッド動作の前後で、動画を撮影し、可動性トレーニングによる変化を確認する
柔軟性の数字だけで一喜一憂するのではなく、
「コート上でどこまで自由に動けているか」という視点で、自分の体を観察してみてください。
その視点の変化が、トレーニングの質とパフォーマンスを一段押し上げてくれます。
参考文献
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